8月8日(日)明日は「長崎原爆慰霊の日」(8月9日)(1)
- 公開日
- 2021/08/08
- 更新日
- 2021/08/08
お知らせ・緊急連絡
1945年8月9日11時2分 長崎市に原子爆弾が投下されました。なぜ広島と長崎だったのでしょうか?
朝日新聞デジタル版では「広島」は東京や大阪と違ってそれまで大きな空襲を受けていなかった事と日本軍の拠点や兵器を作る工場もあったからと伝えています。また、当初は福岡県小倉市に原爆を落とす予定だったのが、小倉の上空にもやがかかっていて、第2候補地の「長崎」に落としたとされています。
平和を考える参考にしてください!
(1)キッズ平和ながさき
https://nagasakipeace.jp/reference/materials/kids/
(2)ながさきの平和公式ホームページ
https://nagasakipeace.jp/
平和公園にある有名な「平和祈念像」は彫刻家・北村西望氏の作で、昭和30年(1955年)に完成。「右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」と作者の言葉が台座の裏に刻まれています。
長崎原爆資料館にある有名な「柱時計」と爆心地から900mにある「一本柱鳥居」はその当時の様子を今でも感じられる貴重な物や場所となっています。(長崎を訪れた際にはぜひ立ち寄ってみてください。)
教頭先生は長崎出身で8月9日は毎年登校日で平和集会が行われていました。11時2分になると市内にある教会の鐘や船舶や電車の汽笛が一斉に鳴り、街中を歩いている人を含め市民全員で黙祷をします。