(招提の歴史②)豊臣秀吉におこられた!?招提最大のピンチ
- 公開日
- 2026/08/07
- 更新日
- 2026/08/07
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前回は、戦国時代にお城のような「ひみつの町」だった招提のお話でした。今回は第2回目です。
お城のような「特別な町」だった招提ですが、織田信長(おだのぶなが)が倒れたあと、天下をめぐる大混乱に巻き込まれていきます。
信長をたおした明智光秀と豊臣秀吉がたたかった「山崎の戦い」。招提は山崎からとても近かったため、光秀側に協力することになってしまいました。 さらにその2年後、秀吉と徳川家康がたたかった大合戦のときにも、家康の味方(反秀吉グループ)を通してしまうという大失敗をしてしまいます!
ライバルたちの味方ばかりする招提に対して、ついにカンカンにおこった秀吉。 「税金をはらわなくていい」という特別なルールをすべて取り上げ、自慢の土の壁(土塁)や堀を全滅させてしまいました。
こうして、お城のように守られていた招提の「ひみつの町」は終わりを告げ、ふつうの農村(招提村)へと姿を変えることになったのです。