脳科学と教育、そしてAIの未来を考える:池谷裕二先生講演会
- 公開日
- 2025/07/22
- 更新日
- 2025/07/22
研修
北河内教育長協議会研修会の特別会として、企画された講演会が開催されました。
東京大学大学院薬学系研究科教授、池谷裕二先生をお招きし、「脳から見た教育学習能とやる気と先生AI」と題した、脳科学の視点から教育・学習、そして生成AIの活用について深く掘り下げる貴重な機会となりました。
講演会の振り返り:脳の仕組みから教育のあり方まで
池谷先生の講演は、私たちの脳の驚くべき仕組みから、現在の教育のあり方、そして未来の社会における教育の役割まで多岐にわたりました。
1. 長寿社会における教育の重み
日本の女性の寿命中位数が107歳にも達するというデータから、現代の子どもたちが非常に長く生きる可能性を示唆。現在の教育が、来世紀の日本社会にまで影響を与える**「非常に重い仕事」**であると強調されました。単に「いい子に育てる」のではなく、未来への貢献としての教育の重要性が改めて問いかけられました。
2. 「いい子」の定義と子どもの自立
「いい子」とは、往々にして親や教師にとって都合の良い子を指しがちであると指摘。本来の教育の目的は、子どもが大人に依存せず**「自立して生きていけるように育てること」**であり、大人は子ども同士の良い交流を育む環境を整えるべきだと提言されました。
3. 見えない学力「熱意」の重要性
知能は「論理」「言語」そして「熱意」の3つが揃って初めて成り立つと述べられ、特に「熱意」は「ワクワクする力」であり、学校教育では見過ごされがちな**「見えない学力」**として非常に重要であると強調されました。「やればできる」という言葉は、「熱意」を軽視する点で適切ではないと警鐘を鳴らしました。
4. 褒め方としつけの科学
ネズミの実験から、叱るよりも「褒めるだけ」が最も効果的であるという驚きの結果が示されました。さらに、人を褒める際には「結果」ではなく「努力」を褒めることの重要性を力説。「よく頑張ったね」という声かけが、子どもの挑戦意欲や学力向上に繋がる一方で、認知的不協和の概念に触れ、「褒められるために絵を描く」ようになるなど、不適切な褒め方が内発的動機付けを損なう可能性も示唆されました。
5. 睡眠と学習の密接な関係
「睡眠のない勉強は勉強じゃない」と断言されるほど、睡眠が記憶の定着に不可欠であることが強調されました。脳の活動レベルは夕方から夜にかけて最も高まり、睡眠中に海馬が情報を整理・定着させる「復習」を行っていることが脳波(リップル波)の研究から明らかにされました。徹夜がいかに学習効率を損なうか、そして昼寝や分散学習の有効性についても解説されました。
6. 効率的な学習法:ルーチンと休憩、そして「出力」
同じ時間に起きて勉強するルーチン化の重要性や、集中力が切れたらすぐに**「何もしない」休憩を取ることの有効性が語られました。また、最も強力な学習法として「テスト学習法」**が紹介され、インプットよりも「思い出す練習(出力)」が記憶の定着とストレス耐性を高める上で絶大な効果を発揮すると説明されました。
7. 生成AIが変える教育と社会
現在の産業革命は「知的作業の代替」であり、生成AIが極めて重要であるとされました。文部科学省の対応がAIの進化に追いつかない現状を踏まえ、教員一人ひとりがAIとの付き合い方を学ぶ必要性が強調されました。講演者は自身が生成AIを多用している事例を挙げ、その利便性と可能性を示す一方で、バイアスや、AIの登場がむしろ人間がより一層勉強する必要があることを示唆しているという、鋭い指摘もありました。
AIによるレポート採点システム導入の試みから、人間の採点者が持つ「長いレポートに高得点を与える」といった個人的なバイアスが浮き彫りになったことは、AIの客観性と人間の主観性の関係性を考える上で非常に示唆に富むものでした。
8. 未来への提言:AI時代における教育の役割
講演の締めくくりには、教師の仕事はAIによってなくならないものの、その内容は大きく変化するという見解が示されました。そして、AIを教えるだけでなく、学習を「楽しく」進めることの重要性が改めて強調されました。デジタル教育の是非についても触れられ、紙媒体とデジタル媒体のどちらが良いかを議論するのではなく、いかにデジタル媒体を教育に効果的に取り入れるかを積極的に考えるべきだと提言され、未来の教育現場への大きなヒントが与えられました。
今回の講演会は、脳科学の最新知見と、急速に進化する生成AIの動向を踏まえ、教育のあり方、そして子どもたちの未来を深く考える「スペシャルな学びの機会」となりました。
この学びを、今後の教育現場に活かしていきます。